2021年07月13日
認知症に備えるセーフティネットが7月より開始されました。
アンソニー・ホプキンスの演じる認知症のリアル
名優アンソニー・ホプキンスをご存知の方は多いと思います。代表作といえば、アカデミー賞5部門受賞『羊たちの沈黙』(1991年作)でしょう。アンソニー演じるハンニバル・レクター博士の恐ろしさは今も鮮明に記憶しています。
そのアンソニー(現在83歳)が今年、認知症の父親役を演じた『ファーザー』(2020年作 https://thefather.jp/ )で2度目アカデミー賞主演男優賞を受賞しました。次第に自分自身も家族も分からなくなり、記憶と時間が混乱していく、その父親の視点からストーリーが展開していきます。観ている者も劇中、ストーリーの錯覚に陥り、混乱し、凍り付かされます。81歳の役柄を演じるアンソニーの演技は凄まじいものがありました。
実は、昨年、92歳で亡くなった私の父も、認知症が徐々に進み、晩年、父自身戸惑い・不安を感じている姿をしばしば目にしました。そのようなこともあり、『ファーザー』はヒューマンドラマとして感動すると同時に、上映中、実父の姿を思い返す瞬間がしばしばありました。
さて、日本は、世界でも例を見ない高齢化社会であり、認知症の人も増えています。
認知症と財産管理のリスク
下のグラフは、「年齢別の認知症有病率の推移」を表したものです。(出典)都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応 :平成23年度総括・分担研究報告書厚生労働科学研究費補助金認知症対策総合研究事業(朝田隆ほか)より金融庁作成
認知力が低下すると、相続・資産承継など財産管理のリスクが高まってきます。既に、老後の財産を守る成年後見人制度や家族信託などの制度も整備されつつあります。
一方、多くのご家庭で身近な財産と言えば、生命保険を忘れるわけにはいきません。
生命保険に関しては、これまでも「生命保険に加入しているかどうかわからない」「契約内容がわからない」「本人に代わり給付金等の請求はできる?」「保険金の受取人(母)が無くなった、契約者(父)が認知症であるが受取人変更はできるのか?」といった声が生命保険協会に多数寄せられていたそうです。
生命保険と認知症対策
認知症患者の増加する中、本人・ご家族等が本人に関する生命保険契約を把握しきれない事案の増加も想定されます。解決のためには、ご家族が生命保険各社に個別に問い合わせる必要がありました。
生命保険協会では、これまでの「災害地域生保契約照会制度」を設けていました。災害に限らず、平時においても確実に保険金請求を行うことができるよう、新たなセーフティネットとして「生命保険照会制度」を創設、今年7月1日より運用を開始しました。これにより、生命保険協会に尋ねれば協会が業界を横断して確認して回答する仕組みができました。
https://www.seiho.or.jp/info/news/2021/20210611_1.html
また、これらの様々な疑問に答えるため、生命保険協会では、認知症対策に関する情報冊子「生命保険契約者のみなさまへ 家族と備える認知症」を作成しています。
https://www.seiho.or.jp/activity/kourei/booklet/
意思能力と保険金受取人変更
一般的には、重い精神病や認知症の方には意思能力がないとされ、法律行為が無効とされます。 しかし、認知症などは状態に波があることも多く、判断が難しいことも珍しくありません。
生命保険契約は、長期・継続型の契約であり、保険契約者と保険金受取人との関係が重要になります。その契約期間中、両者の間に生ずる事情によっては、保険金受取人を別の者へ変更する必要があります。保険法は、保険契約者は保険事故が発生するまでは、保険金受取人の変更をすることができるものとしています。
認知症の発症により、保険契約者による保険金受取人の変更の意思表示における意思能力の有無が争点とされる事態も懸念されます。そのような観点からも、生命保険契約の保険証券の確認は、ご家族にとって、財産管理の上、将来に向けとても大切な準備になります。
認知症にやさしい社会
「演技というものは絵空事であって、その要素はすべてシナリオの中にある」とは、アンソニー・ホプキンスの持論です。しかしながら、『ファーザー』は、私たちの身近にある認知症を克明に映し出している作品であることは間違いありません。認知症の方々への理解を深めるためにも、ぜひお勧めしたい素晴らしい映画作品です。もしかしたら、相続・資産承継を考えるきっかけにもなるかもしれません。
ちなみに、2017年に世界保健機構(WHO)は、京都で開催された国際会議で「認知症世界行動計画」を策定し、「認知症にやさしい世界」を目指しています。WHOは、各国に独自の対策と実施を求め、行動計画案は、社会啓発、リスクの軽減、診断、介護者支援、研究など7分野の対策を求めています。日本でも昨年、「世界行動計画」の日本語版を公表しています。